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なぜゆっくり走ると、速く走れるようになるのか

ゆっくり走るトレーニングは、レース当日のスピードアップにつながります。その理由をエリートコーチとアスリートが説明しました。

  

エリート長距離ランナーはいつでも超人的なペースで走り、自身を限界へと追い込むトレーニングばかりしていると思っている人は多いかもしれません。もちろんプロが毎週走り込む距離は私たちとは比べ物になりませんが、実際、そうした走りの多くは、ゆっくりとしたペースで行われています。

なぜ、「ゆっくり」なのでしょう?世界トップクラスのOnアスリートとコーチに、スロージョギングが、どうやって速く走れることにつながるのか、また、どうやってそれをトレーニングプランに組み込むのか、解説してもらいました。


ただ、それら解説の前に、まずはスポーツサイエンスの基本について、少し理解を深める必要があります。有酸素トレーニングと無酸素トレーニングの違いから見ていきましょう。

 

有酸素トレーニング VS. 無酸素トレーニング

 

有酸素運動はアメリカスポーツ医学会(ASCM)で「主要な筋肉群を使用し、継続的に維持ができる活動、および自然なリズミカルの活動」と定義されています。この定義におけるランニングのキーワードは「継続的」です。


有酸素ランニングとは、最大心拍数80%以下の優しいランニングで、ずっと走っていられるペースを維持したランニング運動のことを指します。この有酸素ゾーンで走ると、最も脂肪燃焼効果が高くなります。身体は酸素を筋肉に取り入れながら、グリコーゲン(筋肉に貯蔵された糖質)と脂肪(エネルギー源)の両方を燃焼してエネルギーに変えていきます。このミックスされたエネルギーによって筋肉は継続的に動き続けます。  

無酸素トレーニングは、その強度を数段上げたトレーニングを指しています。ASCMは「収縮する筋肉内のエネルギー源によって燃料が供給され、エネルギー源として吸入する酸素の使用とは無関係の、非常に短時間の激しい身体活動」と定義しています。
 

 

よりくだけたランニング用語では、コンフォートゾーンから抜け出した、長くは維持できないペースの、つらい状態で行う運動のことをいいます。 


最大心拍数が80%を超えると、無酸素ゾーンに入りますが、ここでは、筋肉を動かすために酸素を取り入れることをやめるので、脂肪をあまり燃焼することはできません。これは、上の定義でも述べたように、エネルギー源を筋肉内に蓄積されたグリコーゲンに頼っている状態を指しています。ただ、蓄積されたグリコーゲンは、脂肪のそれよりもはるかに早く使い果たされてしまいます。このような高い心拍数では、グリコーゲンの効率は低下し、エネルギーが少なくなります。たとえレース前にパスタ・パーティーを開いて炭水化物をたっぷり食べても、おいしい朝食でお腹をいっぱいに満たしても、グリコーゲンの貯蔵は2時間も持ちません。つまりマラソンを走るのであれば、世界記録を樹立するくらいの勢いで、2時間未満で走る場合しか意味を持たないのです。 

無酸素ゾーンに自分を追い込むと、蓄積されているグリコーゲンは最終的になくなってしまいます。これは好ましいことではありません。グリコーゲンの不足は、誰もが恐れる「壁にぶつかってしまう」「最悪」な事態なのです。 また無酸素状態になることは、乳酸が筋肉に溜まり始める段階でもあります。この状態になると筋肉を守ろうと自然の力が加わることから速度が落ちてしまい、新たな自己最高記録を塗り替えるには役立ちません。 

長距離ランナーとしての身体づくりにおける重要なポイントは、レース当日に、できるだけ長い間、有酸素ゾーンでパフォーマンスをできるようにすること。つまり、グリコーゲンを大量に摂取せずとも、脂肪を燃焼させることでより速く先へ進めるよう、有酸素ゾーンで体を鍛える必要があることを意味します。もうおわかりですね。

 

 



イージーな日はイージー、ハードな日はハードに

 

普通のランナーが走るときはおそらく、「楽ちん」と「気絶しそう」の中間、つまり長時間続けられる有酸素活動と、短時間しかできない無酸素活動の、ちょうど境目のペースで走っているのではないでしょうか。ところが多くのコーチは、ランナー自身が感じるこの「最高の結果をもたらすであろうテンポ」は、この2つの間にあってないようなものだと言います。 


もちろん、ペースを気にせずに走ることにも利点はあります。ただ、有酸素トレーニングと無酸素トレーニングの住みわけをしっかりとして、それぞれにきちんとフォーカスすると、より効率的なトレーニングが行えます。古いことわざにあるように、イージーな日にはイージーに、ハードな日にはハードに。つまり、ほとんどの距離を心地良いペースで走り、この有酸素トレーニングの合間に、折を見てコンフォートゾーンから外れるハードなセッションを設けると良いということです(詳細は後述します)。 

 

「エリートマラソン選手は通常、全トレーニングの85〜90%を有酸素ゾーンで走っています」。米カリフォルニア州マンモスにあるマンモストラッククラブのアンドリュー・カストル(Andrew Kastor)ヘッドコーチはそう言います。 

 

エリートアスリートコーチのピート・リー(Pete Rea)氏は、米ノースカロライナ州ブローイングロックを拠点とするOn Zap Enduranceチームも同様だといいます。「マラソンに向けた準備期間中にアスリートが行う練習量の約75〜78%は、目標としているマラソンの心拍リズムよりも遅いペースで走ります」 
 

 

どのくらいゆっくり走る必要があるのか? 

それでは、有酸素ランニングの正しいペースとは何でしょうか?有酸素ゾーンに留まるためには、ランニング中の最大心拍数を80%以下に保つ必要があります。最近のスマートウォッチは大抵、自らこれらの計算を行い明確な有酸素ゾーンを出してくれます。ほかには心拍数モニターを使って、自分で計算することもできます。最大心拍数を推定するには、単純に220から年齢を差し引きます。たとえば、30歳の場合、最大心拍数は220-30 = 190拍 / 分です。


最大値がわかったら、今度は心拍(HR)ゾーンを割り出しましょう。有酸素パフォーマンスを向上させたい場合は、以下で定義されているゾーンの1~3をキープする必要があります。 
 

 

ゾーン1 = HR最大の50〜60% = 有酸素運動・非常に軽いトレーニング

ゾーン2 = HR最大の60〜70% = 有酸素運動・軽いトレーニング

ゾーン3 = HR最大の70〜80% = 有酸素運動・適度のトレーニング

 

ゾーン4 = HR最大の80〜90% = 無酸素運動・ハードトレーニング

ゾーン5 = HR最大の90〜100% = 無酸素運動・最大のトレーニング

 

 

これらのHRゾーンに細かくペースを割り当てることはできませんが、レースで目標とするペースよりも、少なくとも1km当たり56秒遅いペースが通常の目安とされています。よく知られたハンソン式マラソンメソッド(Hanson’s Marathon Method)の主な提案者であるルーク・ハンフリー(Luke Humphrey)コーチは、エリートアスリートでない場合は、目標ペースより1km当たり1分〜1分半遅くするようすすめています。これより速い範囲の中ではHRゾーン2〜3に、これより遅い範囲の中ではHRゾーン1〜2にいる可能性が高いです。 一番重要なのは、無酸素運動のHRゾーン4に忍び寄らないようにすることです。


有酸素ランニングのペースに変化を付けると良いこともあります。たとえば、激しい有酸素セッションの翌日に、ゾーン1〜2にとどまることで回復がサポートされます。別の日で調子が良い場合は、ゾーン3のランニングをすると確実にメリットが得られます。 

 

そしてゾーン4に忍び寄るのは、ゾーン4 とゾーン5だけに限定した、短期間で本当にハードな無酸素運動をする場合のみにしましょう。異なったセッションのトレーニングペース計算に興味がある方には、ハンソン式メソッド計算機(Hanson’s Method Calculator)といった便利なツールがあります。 
 

 

もちろん、有酸素運動の頻度と距離は目標によって異なりますが、上記のプロコーチによるガイドは的を得ています。彼らは、マラソンランナーのトレーニング量の最大90%を有酸素にするよう指示していますが、注目すべき点は、スプリンターには向かないこの方法が、レース距離が5kmを超えるランナーには非常に効果的に使えるということです。当然のごとく、ゴール距離が長ければ長いほど、トレーニングにロングスローディスタンス(LSD)を取り入れる時間もまた長くならなければなりません。またハンソン式マラソンメソッドは、1週間に行う無酸素トレーニングは多くても2回までに抑え、また週に少なくとも1日は休息日またはサイクリングや水泳などの、負荷の少ないクロストレーニングに専念する必要があると説いています。

 

有酸素トレーニングの利点

 

集中的な有酸素トレーニングに慣れていない場合、ペースを遅くすることは、初めは話がうますぎてうそのように思えるかもしれません。体感だけでペースを管理してきたランナーは、低心拍ゾーンを維持するのに苦労し、時にはペースを上げたいと思うでしょう。 


しかし、2018年のアイアンマン世界選手権大会で準優勝した バート・アーノウツ(Bart Aernouts)選手はスイスのチューリヒにあるOn本社に立ち寄った際、「スロージョギングは速すぎず、遅すぎず」という言葉を残しています。アーノウツ選手が実際に行ったイージーランは、1km当たり4分17秒~5分のペースです。それは非常に遅いわけではありませんが、これとほとんど同じペースで走っている人もかなりいるはずです。2018年の世界選手権開催地となったコナのアイアンマンコースの総合タイムで8時間を切った選手のように、マラソンを2時間45分41秒で走り、 3.86 kmのスイムのあと、平均3分56秒 / kmで180.25 kmのバイクを―しかもハワイの暑い気候の中で―やり切るような感じではありませんよね?もしそうだったら今すぐ速度を落としてください。 

 

 

アーノウツ選手の哲学は、より低い強度でより多くのトレーニングをすることは、長期的に見れば本当に利益をもたらすというものです。ほかの人たちは、より高い強度で定期的にトレーニングをしているかもしれませんが、それは当時にけがのリスクをも高めてしまいます。彼らがけがから回復する間、アーノウツ選手は継続してトレーニングを行うことができるため、総合的に見ると、より多いトレーニング量を行うことにつながっていきます。 


そして、自分なりのペースでゆっくりと走ることには、さらに有益な点があります。


「有酸素トレーニングゾーンで走っていると、燃料源として脂肪を燃やすアスリートの能力が高まり、最適化されます」と前出のカストルコーチ。「ランニング中に脂肪を燃料源として利用することは、目標のペースでマラソンを完走するのに大きな役割を果たします」  


「細胞レベルでは、ゆっくりとした有酸素ランニングが好気性酵素とミトコンドリアの密度を発達させ、有酸素性エネルギー代謝の増加に役立ちます」 


「それは言い換えると、疲労に対する耐久性を構築するので、マラソントレーニングである長時間の自己研鑽に耐えることができます。そして最後にもう一つ、アスリートの心をリラックスさせ、スポーツの喜びを得ることができます」


前出のリーコーチは、こう付け加えます。「ランニングがやさしくなることで、アスリートはより厳しいトレーニングから回復し、毛細血管床の生産を拡大して結合組織を強化できます。精神的な観点からも、有酸素運動ををうまくコントロールすることで、マラソン選手はより厳しい特定のセッション間で回復させることもできます」
 

勝利の組み合わせ

 

もちろんイージーな日にはイージーに、ハードな日にはハードに、が前提ですが、リーコーチは、集中的なスピードセッションもまた身体の健康をもたらすと言います。ハードセッションは、一般的にインターバルトレーニングの形式をとり、有酸素の基準値を超えた「痛みの洞窟」とも呼ばれる無酸素ゾーンに自身をしっかりと押し込みます。 そうして行われる無酸素運動は、特にレースの最終段階に進むときに、自身の内に潜めておきたい強さと爆発力を構築します。 


無酸素インターバルについて詳しく知りたい場合は、インターバルトレーニングガイドをおすすめします。ただ、それを見る前にまず、ここでの内容をゆっくりと取り入れていきましょう。よりイージーなランニングをトレーニングメニューに加えることは、回復を促進し、けがのリスクを減らし、新たな自己記録に必要な持久力とスピードを解放する鍵になります。 科学的な裏付けと、エリートアスリートらが実証してきたように、ゆっくりと、着実に実行することが、レースでの勝利へとつながるのです。 

エリートアスリートが有酸素トレーニングに使用するシューズをご覧ください。シューズ選びをサポートする完全ガイドを使えば、ぴったりな一足が見つかります。 
 

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