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Walk the Trail Guide: エピソード1 - 熊野古道・中辺路編(中)

古代より「蘇りの道」として知られてきた熊野古道。昔も今も、人生に悩む多くの人々が静謐な山中を歩き、熊野の神々に参詣することで、心の安息を得てきました。現在、数年前まで熊野をにぎわせていた外国人観光客が新型コロナウィルスの影響で激減。道の世界遺産と周辺のコミュニティは岐路に立たされています。

 

セクションハイクが熊野を救う?

 

1つのロングトレイルを1度の旅で歩き切る旅の方法を「スルーハイク」と呼びます。これに対し、長いコースを何回かに分けて歩きつなぐのが「セクションハイク」。

 

 

巡礼に限らず、ロングトレイルを歩く際はスルーハイクする必要があるように考えてしまいがち。しかし、「セクションハイクでもOK」という意識を持つことで、体力や日程、そして費用の面でのハードルが下がり、選択肢はぐっと広がるように思います。

 

熊野古道に関して言えば、本来の「熊野詣」とは、熊野本宮大社、熊野那智大社、そして熊野速玉大社すべてにお参りすること。頻繁に熊野を訪れることが難しかった時代であれば1度の旅で熊野三山に詣でようとすることは理にかなっていました。しかし、交通機関の発達した今、より現代的なスタイルの熊野詣があってもよいはず。「もろともに…」の精神に生きる熊野の神々であれば、セクションハイクを選ぶ旅人にも変わらぬご利益を与えてくださるでしょう。

 

 

初日のルート:滝尻王子〜近露王子までの13km

 

今回の旅で大内征さん(熊野REBORN PROJECT※メンター、山旅文筆家)が選んだ約40kmのルートも、中辺路すべてを踏破するものではなく、参拝する大社も熊野本宮のみ。「いくつかの区間を歩きつないでロングトレイルの完成をめざすスタイルなら、必然的に何度も熊野を訪れることになる。その過程で旅人と熊野のあいだに特別なつながりが生まれる。そんな楽しみ方があってもいいと思うんです(大内さん)」。

 

田辺市熊野ツーリズムビューローの代表理事、多田稔子さんも、セクションハイクの概念が広まることで、日本人ハイカーがもっと気軽に熊野古道を訪れてくれるようになるのではないか、と考えています。

 

※ 今回の取材は田辺市と株式会社ヤマップによる地域活性化プロジェクト「熊野REBORN PROJECT」にOn Japanメンバーの一人が参加したことで実現しました。

 

 

初日に歩いたのは滝尻王子から近露王子までの約13km。獲得標高は約1200mと決して楽な山道ではありませんが、一部を除いて急な登りや下りは少なめ。王子や神社で旅の安全を祈りつつ、古道らしい風景を楽しみながら歩いていきましょう。

 

すべての山道は生まれ変わりの道?

 

滝尻王子は田辺駅からバスで約40分。売店やカフェ、トイレもあり、古道歩きのスタート地点としてお奨めです。時間に余裕があれば、展示やガイドトークで熊野古道の歴史や文化を学べる「熊野古道館」にぜひお立ち寄りを。

 

 

滝尻から入るルートではまず登るのが剣ノ山。371mの低山ですが山頂までの約1.5kmは急な登り坂。初日のルートで最もきついポイントかも知れません。10分ほど歩くと現れるのが、「胎内くぐり」と呼ばれる大岩と大岩の隙間。ここを通り抜けると肉体や魂を浄化できると言われ、特に女性がくぐると安産になると信じられてきました。男性も女性も、足休めがてらぜひくぐってみましょう。

 

 

「胎内くぐり」と呼ばれる洞窟や裂け目は全国の山岳に存在します。暗くて狭い空間を通り抜け、再び光の中に戻って来ることで小さな「生まれ変わり」を体験するこの慣習は、各地のお寺で体験できるお戒壇めぐり(善光寺が特に有名)や毎年夏になると全国の神社で行われる茅の輪くぐりにも通じます。

 

 

そもそも日本において、すべての山は他界または胎内だとみなされて来たのだといいます(生命が育つ場所と死後の世界が混同されているところに、日本のカオスな宗教観が現れていて面白いですよね)。大内さんによれば、「山道」という言葉は同じ音の「産道」に通じ、さらには「参道」にも通じるのだそう。熊野古道は蘇りの地として特に有名ですが、熊野に限らずすべての山は生まれ変わりの場所だと言えるのかもしれません。

 

胎内くぐりから更に登ると大きな岩の間を通り抜けますが、右側は「乳岩」と呼ばれる、不思議な話が伝わる岩。

 

 

平安末期、奥州平泉の武将、藤原秀衡が妻とともに熊野に詣でた際、妻が急に産気づき、この乳岩で出産しました。赤子を連れたまま熊野詣はできない…と悩みながら眠りにつく秀衡夫妻。すると夢枕に熊野権現が立ち、赤ん坊を残して旅を続けるよう告げます。夫婦は赤ん坊を残して参詣の旅を続け、子は山の狼に守られながら岩からしたたり落ちる乳を飲んですくすくと育ち、両親が熊野詣を終えて帰ってくるまで無事に過ごしていたのだそう。

 

高原熊野神社〜霧の里へ

 

乳岩を越えてもしばらくは登りが続きますが、剣ノ山を越えてしまえば高原(たかはら)までの道は比較的なだらか。高原の集落に近づくと山道から一度舗装路に出ます。地元の人々の暮らしが垣間見える里山の風景もぜひ楽しんでください。

 

 

高原には王子がない代わりに、中辺路で最も古い社殿を持つ熊野高原神社があります。御神体は熊野本宮大社から勧請されたもの。ここでも足休めがてらぜひお参りを。

 

 

高原熊野神社の少し先にあるのが高原霧の里休憩所。ベンチやテーブル、屋根のあるあずま屋も完備され、絶景も楽しめるポイントです。滝尻王子を朝のうちに出発した場合はここでお昼食べるのがお奨め。

 

 

高原から近露までの9.2kmはほぼずっと山道。霧の里休憩所では自動販売機や水汲み場で必要な水分を補給し、トイレも済ませておきましょう。

 

古道らしい風景が続くロングコース

 

休憩所から登山道に入るとすぐに登りが始まりますが、スタート直後ほど急な登りではありません。適度なアップダウンと平坦な道が交互に現われる、気持ちよく歩き続けることができるルートです。

 

 

両脇を深い森に挟まれた静かな山道はいかにも熊野古道といった趣き。同行者とお喋りするもよし。一人で思索にふけるのもよし。思い思いに古道歩きを楽しみましょう。

 

 

3つの王子を経て牛馬童子まで

 

高原から1時間弱で到着するのが大門王子。かつては鳥居があったことから大門と名付けられたと言われています。ここから先も適度なアップダウンが続き、30分ほどで十丈王子にたどり着きます。

 

 

十丈王子は開けた場所にあって腰を下ろしやすく、トイレもあるので、少し長めの休憩を取るのにお奨めのポイント。江戸時代には数戸の家と神社がありましたが、明治末期の神社合祀で廃社となり、いまは無人の山中になっています。

 

十丈王子の先は登り道となりますが、滝尻からの登りと比べれば距離も傾斜も楽な道。十丈王子から約1時間弱の上多和茶屋跡は標高688mのコース最高地点。そこから大坂本王子までは急な下りが続くので注意が必要です。

 

 

大坂本王子から先の緩やかな下りを15分ほど行くと、「道の駅 熊野古道中辺路」に到着。トイレがあり、飲み物や軽食も購入できます。喉が渇いたり小腹が減った方はここで補給していきましょう。

 

哀愁漂う中辺路のシンボル

 

道の駅から15分ほど歩いた箸折(はしおり)峠にあるのが牛馬童子。明治時代に制作された高さ50cmほどの可愛らしい石像は、今では中辺路のシンボル的存在になっています。

 

 

牛馬童子のモデルになったと言われるのが花山法皇。17歳で天皇として即位するも、寵愛した女御の死や藤原氏の思惑によりたった2年で退位。失意のまま熊野詣に旅立ったと言われています。政治的には幸薄かった花山法皇。芸術的才能には恵まれ、多くの優れた和歌を残しました。

 

近露で旅疲れを癒やす

 

牛馬童子から10分ほど歩くと近露(ちかつゆ)王子に到達します。「近露」という地名は前述の花山法皇にちなんでいます。若くして出世の道を閉ざされた法皇が箸折峠で萓(かや)の茎を折った箸で食事を摂ろうとしたところ、茎から露がしたたり落ちました。法皇は「これは血か、露か」と物哀しげに側近にたずねたと言います。この故事にちなんで、峠は箸折峠、近くの集落は近露と名付けられました。

 

 

近露は中辺路の中でも特に宿泊施設の多い集落。設備や食事の内容は宿ごとに異なりますが、すべての宿では夕食・朝食に加えて翌日のランチとしてお弁当を頼むこともでき、中辺路でロングトレイルを歩く際には近露での1泊が便利です。

 

今回私たちが利用したのは「民宿ちかつゆ」。地元の食材を使ったお料理はどれも素晴らしく、この日の夕食では炊きたての鮎ご飯を楽しむこともできました。敷地内には天然温泉もあり、お手製の梅酒でクエン酸補給もできるなど、山歩きの疲れを癒やすにはぴったりの宿です。

 

次回、中辺路編(下)の予告

 

熊野古道・中辺路編(中)では滝尻王子から近露王子までの約13kmを紹介しました。中辺路編(下)では、近露から熊野本宮大社に至る約26kmをご紹介します。世界でも珍しい「入れる世界遺産」として知られる秘湯中の秘湯、湯の峰温泉についても紹介します。

 

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